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REPORT イベント実施報告

第5回Webinar講演会 (安島博幸 氏)

2021年3月4日@zoom

レポート2021年3月4日 15:30-17:00 zoom開催
「観光の価値について考える」
講演者:安島博幸氏
(跡見学園女子大学 教授)
ディスカッション:十代田朗、中井検裕
モデレーター:坂村圭

●講演の概略
「観光の価値について考える」 安島博幸 様

<観光の価値とは>
観光の豊かさは、「願望、欲求、欲望が満足される時」に実感されると考えることができる。この願望、欲求、欲望を引き起こすものは、観光においては、行く価値のある場所、食べ物などが当てはまるだろう。では、この場所や食べ物の価値をどのように考えればいいだろうか。
観光地の価値は、哲学や経済学で色々と定義されているが、ここではその定義を「その観光地に行きたいと望んでいる人の欲求の総和」と考えることとする。観光地計画を作るときに、この定義が採用されており、世界レベルでいきたい人がいる観光地をSA、全国レベルをA、地方レベルをB、県レベルをC、市町村レベルをDとランク付けしている。
観光まちづくりの価値は、身体と精神(からだとこころ)の2つの側面がある。一つ目の身体に相当することは、「環境的な快適さ」を指す。具体的には、道路の道幅が広いとか、歩道と車道が分離されていて、緑が多いようなことである。2つ目の精神に相当することは、「歴史や文化などを大切にする」ことを指す。場所や地域の個性を大事にすることからこの価値は生まれる。

<観光の価値の認識>
人間は自分の周りの世界を、「身分け」と「言分け」の2つで認識している。「身分け」というのは、身体感覚によって世界を認識することで、赤ん坊などが手で触る動作などを指す。もう一つの「言分け」は、言語で世界を分節化して意味を受け取ることである。「言分け」は言語を使うものと、言語のようなもの(絵画や写真など)を使うものに分かれる。「身分け」は動物でも行えることで、「言分け」は人間にしかできない。
軽井沢に行く人は何を求めていくのだろうか。ショー記念礼拝堂やプリンスホテルなどはあるが、目立った観光資源はあまり多い方ではない。軽井沢には、涼しさを求める人が来ている。これはまさに身体感覚が大事な観光地の例だといえる。この他にも、蟹などの食が観光目的になるケースや、温泉などの身体的快適さが観光目的になるケースがある。
一方、関ヶ原古戦場は、東軍と西軍の布陣などを思い描きながら今の風景を見比べることではじめて実感できる価値である。これは動物には実感できない精神的な価値である。
精神的価値の性質の特徴は、一回限りの消費で満足してしまうことである。この価値は減少しやすく飽きられやすい。一方、身体的価値は長続きするもので、何度もリピートされることに特徴がある。(ただし、料理や温泉などのなかには、身体的価値(おいしい、暖かい)だけでなく、精神的価値(ミシュラン星付き、地産地消、郷土食など)が付随しているケースがある。)多くのタワーや展望台の入り込み客数は右肩下がりに減少している。このように、精神的価値に大きく頼っている観光施設では、その価値は減衰しやすい。
社会学者のボードリアールは「消費社会においては欲望の対象となるものはモノではなく記号である。モノは記号になって初めて消費される」と述べている。例えば、ロレックスの時計は100万円くらいする。一方で、私が普段使っているソーラー電波時計は5万円程度である。ロレックスは自動巻きなので時間がしょっちゅうくるってしまうが、記号としての価値が高いために値段が高くなっている。観光地の価値も、差異化された記号だといえる。例えば、日本一、世界一の山に登ることや、いま流行っているものを自分だけ体験している時に、他者に優越することができる。このような差異化の概念は、消費を通じて他者よりも優位にたつことにある。このように考えると、同質化(みんなと同じ体験をすること)と異質化(他者がしていない体験をすること)が同じベクトルの上に立っていることに気付く。

<観光的価値の消費と衰退>
現代の温泉地評価を見てみると、低評価の温泉地に共通点がある。低評価の温泉地の多くは、新幹線駅や高速道路のインターチェンジがあることが多い。交通の便がいいと、観光地に対する願望や欲求の消費が急激に消費されるようになる。一時的な発展と急激な衰退が起こることで、観光地の質が衰退してしまっているのだろう。

<社会的位置空間と差異化>
社会学者のブルデューによれば、資本量を縦軸に、経済資本と文化資本を横軸に取ると、様々な職業を二次空間に位置づけられ、それらの職業の人々の趣味が似通っていると述べている。この職業グループの中で、差異化競争は起こっている。

<減少しない価値:交流>
多くの精神的価値は減少すると考えられるが、減少しない価値もある。その一つが交流である。私たちは、何度も訪れて話したい人がいたり、一度訪れた場所でも誰かと一緒にまた訪れたいと思うことがある。友達やカップルと観光する場合には、「どこに行こう」と決めるのではなくて、「どっか行こう」ということがよくある。

<観光価値の古典化:持続する価値>
日本三景や富士山に代表されるように、観光地が文学作品や絵画などに描かれることがある。このようにして観光地が古典化されていくと、観光地の価値はなかなか減衰しない。身近な例では、東京タワーが挙げられる。東京タワーの入り込み客数は、その他の展望台に比べて減少幅が小さい。東京タワーは、東京のシンボルとして様々な文学作品に描かれている。また、様々な視点場がつくられたり、新しい照明の試みが行われることで、東京タワーの価値は新たに作られつづけている。このように様々な価値が蓄積することで、古典化が完成していく観光地が存在している。芸術などにより価値の再生産が行われ、多様な形式の文化資本が深くしみこむことで、トータルの価値が持続化するのだろう。

●ディスカッションの概略
(十代田)身体的価値と精神的価値という分類や差異化という考え方が非常に興味深かった。ただし、差異化という概念を豊かさに取り入れる場合には、差異化自体が人との関係に起因するもののため、それだけで一人の人生の豊かさまで語るのは少し物足りないかもしれない。また、私たちのプロジェクトは、職業や世代の偏った同質グループだと思うので、より多様な意見を取り入れる工夫をしなければならないと感じた。
私たちのプロジェクトは、未来のことを考えるという側面があるが、モビリティの変化などが起こった際に、観光の価値というものが変わっていくかということを聞いてみたい。
(安島)精神的価値は、普段付き合っている仲間に対して、自分が如何に優越しているかという構造から生まれている。このため、モビリティの変化やVRの導入によって、精神的価値の存在が大きく変わることはないと考えている。精神分析を行うラカンは、「自分の欲望は他人の欲望である」と述べている。自分のやりたいと思っていることは、みんながやりたいと思っていることだろう。このような欲望の構造は未来になっても変わらないと思う。
新幹線が通ることで温泉地が衰退するという話をしたが、これはモビリティの進化を悪者だといいたいわけではない。交通の便が良くなると、観光地の消費が促進される。その時に、温泉地が新たな価値を再生産してこなかったことが問題なのである。ディズニーランドなどは、交通の便がいいが、みんなが楽しめる価値を創り続けているため、入場客数は減っていない。これは宣伝をすることではなくて、価値を創り続けている結果なのである。

(中井)身体的価値はなかなか消費されないが、精神的価値は消費されやすいという説明に非常に納得した。また、交流の価値や古典化という現象があるということも腑に落ちた。
Cランクだといわれていた観光地が急にAランクにあがることがある。例えば、諏訪湖などは、「君の名は」の大ヒットにより急にアニメの聖地となった。このように、SNSやメディアの力は観光地の価値を高めるために重要となるのだろうか。
(安島)一部の観光地の価値を大きく上昇させている主要因は、SNSではないと考えている。価値の増加の背景にあるのは、観光地にあるストーリーやコンテクストである。重要なのは、SNSによる宣伝ではなく、ストーリーやコンテクストを新たに生み出すことだろう。SNSが果たしている役割は、ストーリーやコンテクストを伝えるのを加速化することである。これは価値自体を作ることとは異なる。なお、ブームは価値の大量消費なので、観光地が廃れるのも早くなるのではないかと危惧している。

(中井)マスツーリズムとは違って、一部の人にしか価値は感じ取られないが、来訪する人が入れ替わることで保たれる観光地があると思う。このような観光地をどう位置付けているかを知りたい。
(安島)人間には趣味がある。趣味は個々人によって異なるが、無限にあるわけではない。本屋さんに行けば、どんな人の趣味に関わる本も売っている。多くの人は自分に基づいて趣味を生み出していると思っているだろうが、実は社会によって外からつくりあげられている可能性が高い。
(中井)私たちのプロジェクトに引き合わせて考えれば、人生100年時代の生活の中に、どういう新たなストーリーをつくれるかということになるだろう。また、最近では、価値観が多様化しているといわれることが多いが、そういったことを疑っていくことも重要かもしれない。

●会場からの質問
-ここ最近は、熱海の観光客数が増加に転じていると思うが、この現象についてどう思うか。
(安島)熱海の一番のピークは、新幹線が通って道路などが整備されていたころ。いま、熱海の海岸通りの旅館はすべて潰れている。いま熱海で賑わっているのは、50年ぶりに再開発された駅舎や、熱海銀座周辺である。このような場所では、新しい取り組みに様々に取り組んでいる人がいる。例えば、店舗を改造したゲストハウスのようなものを作っている。まちづくりのリーダーがいて、新しい世代に向けた地域活性化の取り組み(熱海プリンなど)を行っている事例もある。これらの、これまでの温泉地にはなかった価値を創っている場所に、観光客が少し集まっているのだろう。ただし、たしかに観光客数は少し回復しているが、宿泊客数自体はあまり回復していないという課題はある。

ご講演資料はこちら →210304観光の価値

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