2020年7月10日@zoom
「ポストコロナを見据えた東京の未来像」
講演者:市川宏雄 様(明治大学名誉教授)
ディスカッション:中井検裕、十代田朗、野原佳代子
モデレーター:坂村圭
講演の概略
「ポストコロナを見据えた東京の未来像」 市川宏雄 様
ワクチン開発の動向によるが、少なくとも1年程度はウィズコロナの状態が続くと思われる。コロナによる影響は既に様々に予測されている。経済に関しては、リーマンショックよりもGDPの回復が遅く1年以上かかるのではないかといわれ、観光に関しては、観光客数が60%~80%低減しており、航空需要の回復に4年以上かかるといわれている。一方、オフィスの需要は、未だあまり落ち込みが出てきていない。
これらの変動に合わせて、働き方も大きく変わった。日経BPによれば週5日以上のテレワークを行った人が約43%いた(まったく利用していない人も25%近くいた)。テレワークを行った人は、6割以上が生産性の低下を実感している一方、6割近くの人が今後もテレワークの継続を希望している。また、アメリカの調査では若い人ほど出社したいという結果がでている。このように、急遽導入されたテレワークに対する評価は、職種、世代、国などによって大きく異なっている。一方、今後の日本におけるテレワークの本格導入に向けては、意識、制度共に複数の課題が存在している。例えば、テレワーク導入による業務評価が難しいという課題や労働基準法の時間と空間を決めた労働の規定を乗り越えていく必要がある。今回は、テレワーク(在宅、サテライト、モバイル)のうち、在宅の比率が急激に上がったが、時間の経過と共に在宅の比率は下がっていくと思われる。ただしこれからは、今よりも多様な場所で人々が働くようになり、いろいろなオフィス空間が出現してくるのではないだろうか。
それでは、ウィズコロナで都市と建築はどう変わるだろうか。建築的対応で一番の問題は空気のコントロールをどうするかということである。現在の高層建築の中性能フィルタでは細菌を取り切れないことがあるので、航空機の空調方式や紫外線の照射などを参考に改良していく事が望まれる。また、フリーアドレスやバイオフィリックデザインの導入によってオフィス選定が進むと考えられている。
都市はそもそも感染症との長い戦いを繰り広げてきた(サヴォア邸、田園都市など)。だから、コロナと都市がどう戦っていくかが重要で、都市居住をあきらめるという話ではない。例えば、地方移住などがほっといても進むというのは楽観的すぎる。しかし、デュアルライフやワーケーションは盛んになる可能性はある(ニューヨークからお金持ちは実際に郊外に逃げていた)。つまり、都市を放棄するのではなく、都市からいったん離れるという選択肢を持つ人が増えてくるかもしれないということである。
では、東京の一極集中はどうなるだろうか。結論として、東京の一極集中が是正・緩和される絶対的な理由は見当たらない。これまでも情報化社会のために都市の集中が無くなるといわれていたが、結果は都市一極集中の継続とface to faceの重要性の再認識であった。今回の場合も、空調の変化やソーシャルスペースの変化は伴うかもしれないが、社会資本が蓄積された東京の一極集中自体は変わらないだろう。
現在、東京はどう変わっているかということに目を向けてみると、オリパラに向けての臨海部の開発が顕著なことが分かる。また、環状2号線の延伸、オリンピック施設の建設、鉄道の延伸が行われる計画となっている(特に、東京駅と臨海部を接続する地下鉄新線に期待を寄せている)。さらに、東京では拠点開発が同時多発的に起こっている。そして、それぞれの地区では、大手デベロッパーが責任を持った開発を行っている(この中でも注目に値するのは、東京駅、日本橋の江戸の復活、虎ノ門エリア、渋谷、品川などの開発)。
このような東京の動向は、広域中枢拠点であらわされたように、中枢部の拡がりであり、いま起こっていることは、都心中枢部(東京駅6キロ圏)での開発の活性化だといえる。これは、江戸の墨引きのところでのまちの変化を示している。
現在でも、東京圏の人口は増加している。この背景には、第三次産業の増加があり、集約のメリットが出ているためだと考えられている。日本の人口構造は若者の減少と高齢者の増加によって大きく変化している段階にある。そして、人口減少から多くの地方自治体の消滅も予測されている。このような将来、人口は西日本国土軸上に集中していくことが推計されている。この西日本国土軸を強化していくためには、リニア開発が重要となる。リニア開発によるストロー効果は、名古屋(製造業)と東京(サービス業)は産業構造が違うので起こらない。東京圏に名古屋が入ることで、この軸が強化されていくだろう。
GPCIは、東京の現在の都市の総合力(経済、研究開発、文化交流、居住、環境、交通)を示すものである。世界の都市トップ4は、ロンドン、ニューヨーク、東京、パリであるが、この中でも東京はバランスよく力を持っているのが特徴である。これから東京は、文化・交流の力をつけていくことで、世界的な都市競争力を高めていく事が望まれる。
最後に、なぜ東京に人が集まっているかをもう一度考えてみる。一極集中は、東京だけではなく、中央集権国家の世界の都市すべてで起こっていることである。東京には、年間10万人以上が転入しており、この転入者は20代前半の地方都市中枢の女性が多い。東京への人口集中は、オイルショック、バブル崩壊、リーマンショックのたびに加速している。都市圏自体は変わっておらず、都心に人口が集中している。大きな自然災害やパンデミックの長期化が無い限り、この傾向に大きな変化は起こらないだろう。
ディスカッションの概略
-ポストコロナの私たちの都市生活はどのように変わると思うか
(中井)ウィズ/アフターコロナの社会に関して、市川先生とかなり同じイメージを持っている。むしろ、ワクチンが開発された場合に、市川先生が予想する以上にもっと元通りの生活に戻るのではないかと思っている。例えば、日本の住宅においては仕事と生活を分けることが難しく、在宅のテレワークはほとんどなくなってしまうと思う。今回の経験を踏まえて、選択肢としてのモバイルワークやサテライトワークは出てくるとは思うが、それらが選好されるかどうかはまだ疑問符が残るところ。オフィスに関しても、有事の際にフレキシブルに対応できることが設計段階から考慮されるようになるとは思うが、働き方自体が大きく変わるかどうかはまだ判断できない。
(野原)ライフスタイルは時間とともに戻っていくかもしれないが、今回の事態を経験したことの記憶は私たちの中に残ると思う。私たちが経験した在宅ワークには、物理的な無理だけでなく、心理的な無理さがあったように思う。これから、どこでどのように働くかということを考えていく場合に、この経験がもととなっていくのではないか。
(市川)アフターコロナの住宅では、テレワークルームをつくるなどの設計の変化が起こり、在宅テレワークが継続される流れもあると思う。これからは、どこで働くかよりも、いろいろな働き方の選択肢を持ったということが重要だと思う。仕事場を選んだり変えたりできることができるようになるといい。また、建築が、テクノロジーの変化と相まって、その日の気分によって壁紙やデザインが変わり、在宅ワークの心理的な負担を減らすみたいな工夫が起こってくると面白いと思っている。
-東京の一極集中は是正されるべきか
(十代田)個人的には、東京一極集中の構造が変わってほしいし、コロナがその一つのきっかけになればいいと思っている。旅行形態を見ていても、若者や女性を中心に「分散」をキーワードとした変化がみられる。都市の成長の論理として拠点性や集積の確保を考えながらも、人が集まる場やヒューマンスケールの場をうまくデザインすることで、東京一極集中を変えていけないかと思う。特に、遠郊外や別荘地では空き家が目立っている。コワーキングスペースなどをうまく挿入して土地利用を混在させることで、新たな需要を生むことはできないだろうか。関東大震災の避難地として湘南が発展したように、新たなワーケーションの場として郊外の発展を促し、薄く広い首都圏の集中へと変えていけないかと思う。
(市川)今後、同じ場所で毎週5日間働き続けるということ自体が変わっていくと思っている。伊豆や千葉などの東京郊外で何日間か働くようなひとが増えるだろうし、地域も関係人口の増加のために受け入れるようになると考えている。しかし、結果として東京一極集中の構造自体は変わらないと考えている。この構造のまま、人の流動性が高まって、地方活性化が同時に起こっていくという方向性を目指すほうが現実的だと思われる。
-東京の都市ビジョンはどうあるべきか
(中井)東京の強みは、環状6号線の内側に個性的なまちがいくつもあり、それらが公共交通によってつながっていること。都心-副都心というヒエラルキー構造ではなく、個性的なまちのクラスターとして成長していくことに海外の都市にはない魅力がある。このため、東京の都市発展を考えていくためには、これらのまちが同じようにならないように、文化や歴史を発現しながら成長していくことを考えることが必要。一方、郊外・地方都市は今回の事態をある意味チャンスだと捉えて、積極的に生活環境を変えていかないといけないだろう。さもなければ、郊外・地方再生が成し遂げられないで、これまで通りの東京一極集中の状態に戻っていくと思われる。
(市川)郊外や地方都市は大きなチャンスをもらった状態にある。しかし、過去を振り返ってみると地方都市の多くが何の対策も行わずに、元通りの都市間構造に戻ってしまっている。アフターコロナにおいては、ぜひ地方都市に東京の人を引き寄せるような積極的なまちづくりを行ってほしい。一方、東京は世界的にみてハード(開発)はトップレベルの状態に達している。今後は、ソフトの施策を行いハードとのつながりを創出していくことが、国際的に力のある都市となるために重要となることだろう。
-(会場からの質問)テレワークや出張制限などの影響から、東京のアジアのヘッドクオーターとしての位置づけに変化は起こるか
(市川)これまで欧米諸国は東京をアジアのヘッドクオーターとして見てこなかった。しかし、テレワークの影響というよりは、香港の情勢の変化によって、東京がアジアのヘッドクオーターとなる可能性がでてきている。香港が担っていた役割を、シンガポール、台北、上海、東京のどこが補っていくかは、それぞれの都市の準備によって異なっていくだろう。例えば、税制を変更すること等によって、東京の優位性が向上していくのではないか。
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