2021年7月29日@zoom
レポート2021年7月29日 15:30〜17:00 Zoom開催
「日本人の価値観の変遷と今後の展望」
講演者:日戸浩之氏(東京理科大学大学院 経営学研究科 教授)
ディスカッション:十代田朗、真野洋介
モデレーター:坂村圭
●講演の概略
「日本人の価値観の変遷と今後の展望 −人生100年時代の都市・インフラを考えるために−」 日戸浩之 様
<講師自己紹介>
1985年に野村総研に入社。専門はマーケティング。1970年代から生命保険文化センターと共同で日本人の価値観に関する研究を行ない、その成果を背景にマーケティング分野の様々なプロジェクトを支援してきた。その後東京理科大学(技術経営専攻:MOT)に移り、消費意識や行動の研究を長年行なう。野村総研全社での研究としてデジタルの研究も進めており、デジタル化の様々な領域への影響にも関心を持っている。
価値観に関する研究を聞いた人は、議論が抽象的で難しいと感じたり、あるいは結果が当たり前のように感じたりということがある。一方で、本当だろうかと疑問を抱く人もいるため、講演ではなるべく調査のデータを示していくこととし、一緒に考えていただきたい。
<1. 日本人の生活価値観の構造>
「価値観」とは何か
事象に対する満足/不満など個々の「意見」の背景には、貯蓄や保障観、企業観など、ある領域で一貫性のある人々の意識として「態度」がある。更にその背景にある、安定的に人々の行動を方向づける意識の塊のようなものが「価値観」であると言える。
また、「価値観」は善悪や宗教上の倫理観ではなく、どのように行動したい/生活したいかという欲求に基づくものと位置付けられる。
価値観を研究した背景
日本は生命保険加入率が高く、中でも世帯主が亡くなった場合に保険金が出る「定期付き終身保険」が主流だった。これは性別役割分業の下、大黒柱の父が亡くなったときの保険という位置づけだった。日本で保険加入率の高さには、戦後の未亡人など中年女性が主力を担った営業職員の説得による影響が大きい。その背景にあったのが、人間関係を重視し、家族を重視する価値観であり、営業職員との人間関係も要因であった。
その後、独り暮らしも増加し、死後の保障よりも生きている間の保険が伸び、また営業職員からではなくネットでの加入が増えるなど、かつての構造は壊れた。こうした変化を予見する意味で、「価値観」の理解が重要であった。
価値観の構造(1)
まず1970、80、90年代の3つの年代における、価値観の因子の推移を見る 。伝統的な特徴が「タテ型の人間関係」で、70年代の「大人主義」がその後「集団重視志向」となるが、一貫して地域社会や職場にあるタテ型の人間関係を重視する価値観がベースにあった。これと「家族重視」の価値観が密接に関わりながら析出されていた。
それに対し、80年代に「自分主義」が登場し、若者を中心に集団よりも個人を重視する個人化の動きが生じたが、これをどう捉えるべきかとうことが論点になる。
また、「自閉主義」や「安楽志向(責任や努力を回避する価値観)」は、その背景に現状を肯定する「現在志向」と個人を大事にする価値観が混ざったものがあり、実はこれが元からあったが、変化しながら推移した。
こうした推移を踏まえ、次章では①人間関係、②家族、③個人化、④現在志向の4つのキーワードから説明する。
価値観の研究の変遷
価値観についての調査では、80〜100の質問への回答を因子分析によってまとまりを見出した。1996年の生活者については、集団重視、自分志向(主体的に物事を判断する自立的な考え方と、もっと自分をよく見せたいという自己顕示志向)、安楽志向(責任や苦労を避け、楽に暮らしたいという受身の考え)が見られた。安楽志向については、実は利己的であることが背景にあり、これは古来より日本人に見られる傾向だという解釈もある。総じて、基本的に受け身で責任を避け、他人とうまく関わりつつ権力にはおもねるという傾向が日本人の2割程度に見られ、日本独特の価値観と言える。
しかし、これが2000年代には多様化し、因子分析で構造を探ることに限界が見られたことから、野村総研で独自の1万人アンケートを立ち上げたという経緯がある。
価値観の構造(2)
上記にあげた集団重視、自分志向、安楽志向の背景について考える。日本は一神教ではなく、絶対的な価値に向き合うことが少ない。それゆえ人間関係を重視する傾向にある(「和をもって貴しとなす」、「世間」の存在、「忖度」など)。
また、戦後急速に中産階級が拡大したが、一方で階層社会ではなかったことや、地域や人種、宗教による差が少なく、世代差が大きい社会だったということも背景にあるだろう。
現在志向か未来志向かという点では、基本的に日本は将来を重んじ、そのために現在を我慢するという考えが見られたが、低成長や少子高齢化に伴い、現在の方が大事であるという考えが強まる可能性があり、着目すべき点だ。
集団と個人に関する論点では、1980年代に個人を重視する考えが台頭したが、単純にシフトするということではなく、社会構造とリンクしていることを捉える必要がある。戦後日本では特定の業界に手厚く補助金を与える護送船団方式によって拡大してきた社会原理があるが、小泉構造内閣では参入障壁を低くしてチャレンジを促すやという試みを行なった。しかしそのシフトがあまりうまくいかず、特にセーフティネットが未整備である。こうした社会構造との関係の中で個人と集団についても考えなければならない。
<2. 4つの視点からみた2000年代以降の価値観の変化>
まず分析手法としては、トレンド分析や、世代分析がある。トレンド分析はマクロ環境(経済成長率や賃金水準、大きな出来事など)と人々の意識や行動を照らし合わせる。世代分析では、先述の1万人アンケートを1997年より3年に1度実施しており、その蓄積から特定の世代を追跡したり、ある世代を年代により比較したりすることができる。
例えば、端的な世代別分析として「所有」から「利用」へという価値観の変遷があげられる 。かつては加齢に伴い「所有」への志向が高まったが、現在は高齢になってもレンタルやリースへの抵抗が低くなっている。このように、加齢によって意識が異なっていく加齢効果を捨象し、世代の特徴を浮かび上がらせることが可能である。
①人間関係
元々は集団重視でタテ型の人間関係がベースにあったが、それが徐々に弱まっている。かつて職場の人間関係は濃密だったが、形式的な付き合いの傾向が強くなった。一方、ネット社会が広がる中で、気の合う人とだけ分かり合えれば良いというのが顕著になっているが、同時に承認欲求も高まっており、他者との距離感が難しくなってきている。
-世代別の分析
世代別の分析では、「自分の仕事の目的は会社を発展させることである」という考えは団塊の世代・ポスト団塊の世代に比べてバブル世代で弱くなっており、会社中心でなくなってきている 。さとり世代(24〜35歳)やデジタルネイティブ世代など若い世代は、自分の近くにいる仲間を重視し、メールやLINEで常時つながり、気の合った仲間とコミュニケーションをとる。周囲に注目されることをしたいという意識は低下し、目立たずに歩調を合わせ協力する意識が強まっている 。起業家精神が低い一方で、学歴志向は高まり、リスクを回避したいという意識が見て取れる 。
このように、人間関係に対する意識は世代によって異なる。
-人間関係における「信頼」
人間関係について、どのような組織や機関を信頼するかという点では、医師や郵便局員、自衛隊への信頼が高まってきており、国会議員や官僚は非常に低い 。エスタブリッシュメントに対するネガティブな要素が出てきていると言える。
また、信頼関係の変化はデジタルを介した個人間の結びつき(デジタル・トラスト・グリッド)に移行してきており、これがこれからの信頼関係のベースになるのではないか。例えばフランスのライドシェアサービスBlaBlaCarは、おしゃべり好きの度合いなどを事前に登録しておき、自動車に相乗りする人をマッチングするものだ。属性が開示された会員は、家族や友人に次いで信頼できるという顧客の評価があり、今後はネット場でマッチングしたつながりが信頼を生み出すこともあり得るだろう。
②家族
家族については、基本的にはそれぞれが自立して干渉し合わないという、「背中合わせの家族」の傾向が強まっている。また、働く女性が増えることで、様々な変化があるが、男女間の意識のギャップがなかなか埋まっていない。
2015〜18年の生活者の価値観の変化を見ると、変化が大きかったのが家族に対するいくつかの質問だ。従来の家族形態にこだわらない考え方や、夫婦間で秘密を持っても構わないという考え方が強まった 。これは、それぞれがLINEなどで別々に外部とつながっており、隠すわけではないが共有するわけでもない、一緒にいるが「背中合わせ」ということだ。
-夫婦の経済的自立
夫婦の経済的自立を支持する考えは強まっており、特に若い層で顕著で、女性の方が意識が強い 。背景としては、働く女性が増えて共働き世帯が多い中、女性の自由時間が減っているということがあり 、忙しい共働き世帯の育児や家事の時間の確保が課題になる。
-親子関係
親子関係では、近居・隣居が増加している。配偶者の親と片道1時間以内の範囲に住む、インビジブルファミリーが年々増加し 、同居していないが週末食事や買い物に一緒に行くといった関係が定着してきている。欧米で言う「スープの冷めない距離」のように、日本では片道1時間程度であれば、何かあればすぐに駆けつけられる距離だということだ。
③個人化
集団より個人を重視する価値観が強まっている。背景にはスマホやタブレットの普及があり、コロナ禍を機に一人の利用やテレワークが進んだことが今後どう影響するか見ていく必要がある。
-情報や雇用環境
個人で利用できる情報端末では、若い世代はこの数年でスマホの利用率が高まる一方、TVを見る人が減少している(60代以上はあまり変化がない) 。10〜20代では、ネットを利用するのが1日で4時間以上にのぼる。従来はPCで行なっていた動画視聴や買い物、ネットバンキングなどをスマホで行ない、スマホの利用用途が拡大している。
昨年の国際比較調査によれば、日本でもテレワークが進展しているが、水準がまだ低く 、生産性もあまり向上していない。その理由としては、働き方改革と言われつつも、仕事の進め方や通信環境の整備などに問題があることがわかっており、今後の課題になる。
-若い世代の特徴
ミレニアル世代(1981〜96年生。日本ではさとり世代)、Z世代(1997年以降生)は、基本的にはデジタルネイティブであり、生まれた時からデジタルを使っていることと、昨今の社会情勢を経験しているため社会的課題への関心が高い。先進国・新興国での国際的な調査だが、ミレニアル世代は気候問題や不平等に関心を寄せている傾向がある 。
職業観としては、2年以内に離職するという意向が高く、日本のZ世代では64%と世界での値(61%)に比べても高い 。企業から単発で仕事を受けるような就業形態にも関心があり、組織にとらわれることなく働きたいという傾向がある。
④現在志向
将来のチャレンジのために今を我慢するのではなく、「今をどう楽しむか」など、現在を大事にする傾向のことをまとめて「現在志向」と言う。
震災後の2012年以降、現状の生活に満足している人が多く、満足度は上昇傾向にある。NHKが行なう調査では 、「現在」か「未来」×「自己」か「社会」という4象限からなる分析をしている(略称で「快利愛正」と呼ばれる)。中でも「愛志向」の増加が著しく、「身近な人たちと和やかな毎日を送る」ことを重視している。「快志向」すなわち「その日その日を自由に楽しく過ごす」という考えも増えており、いずれも現在志向が強まっている。
-年代別の分析
年代別に見ると、1973年頃には、若い層とシニア層が現在中心の考え方であり、中年層はそうではなかった。現在は、30〜59歳の層でも現在中心となっており、チャレンジしたいという意識が低下している。「安楽思考」で説明したが、努力や訓練が必要なことをあまりやりたくないという受動的な考え方が、特に若い層や中高年の女性に多い傾向がある 。現状を変革するよりも維持したいという傾向はこの20年で明らかに顕著になっている。
-理想の暮らし方
理想の暮らし方に関する日中米の調査によると、日本ではワークライフバランスや友人・家族を大切にすること、自然に囲まれて過ごす、などをあげているのが特徴的だ。一方中国では、利便性の高い都市部での生活や、IT機器を利用するサービス、豪華な家に住む、というようにバブル時代のようなものが見て取れる 。全体的に日本の傾向を見ると、ワークライフバランスやサステナビリティを重視しており、「足るを知る」傾向がある。
-お金の使途
どんなところにお金を使いたいかについては、時系列で追うと変化が著しく、非日常から日常へ、という傾向がある。旅行や自動車、家電製品、など瞬間的に多額のお金を使うという意識は変わっていないが、むしろ食料品や外食、人との付き合いの交際費、子供の教育などに使いたいと思っており、日々の生活を良くしたいという意識が非常に強いと言える 。
<3. 人生100年時代の都市・インフラを検討する視点>
以上、4つの視点から見た直近の価値観の変化を踏まえ、3点の仮説について述べる。
(1)コロナ禍の影響を引き金に、地方分散が進むか
これまで日本では一貫して三大都市圏への人口集中が進み、近年は特に東京に集中してきた。直近では東京から流出が始まったと話題だが、この流れは一過性かどうか見極める必要がある。確かにコロナ禍以前からワークライフバランスやサステナビリティ重視の傾向があり、今後人々の意識がよりそちらに向かう可能性がある。「③個人化」の項であったように、それらを支える都市的な環境や雇用などとの関係性の中で考えていく必要がある。地方では仕事がないという状況は今後変わるかもしれない。
個人的には、「コンパクト」や「ネットワーク」をキーワードに国土を考えるという議論が、いよいよ本格化するタイミングであると注目している。
(2)「時間」をめぐる市場の拡大による変化
時間という観点を考慮する必要がある。共働き世帯が増加する中で、消費だけでなく育児や介護も含め、忙しい層が時間を活用することをいかに支えられるかが論点になる。ひとつはネットやITによる効率的な時間の活用があるが、よりトータルに忙しい人をどうサポートできるかが重要だ。日本では、4つの消費スタイルのうち「利便性消費」が非常に増えて多数派を占めている 。縦軸を価格感度、横軸をこだわりの有無として見ると、「価格は高くても良いがこだわりがない」という、一見矛盾したような消費スタイルだ。これはアクセシビリティに関わるが、少し遠いATMよりも、手数料がかかるが近くにあるコンビニを利用するなど、何気ない便利さが日本にはあることが関係する。便利な環境に育ってきた中で、時間を節約する利便性消費を支持する環境が何かということが論点になる。
また、公的なセーフティネットがなかなか機能しない中で、家事や育児、介護などで家族への負荷がかかっている。日本では家が多様な役割の「ベースキャンプ」であり、母親が留守番役だったが、その構造が壊れた今、外部サービスの活用などを含めそれらをどう考えるかも論点になる。
③モノ消費からコト消費へ
所有から利用へ、あるいはモノより体験を重視するようになっている。マーケティングでは顧客経験価値の重視と言うが、単に良いモノではなく深い体験をユーザーと共有し、自己実現のような高度な欲求への対応が求められる。この際、ハードだけでなくソフトも重要になる。例えば自動車の販売だけで見れば9兆円の市場だが、MaaSなどのように移動全体を考えると38兆円の市場となる。コモディティ化が進んでいくと、体験をいかに価値にしていけるかが論点になるが、これは建築などにおいてもそうかもしれない。
●ディスカッションの概略
(真野)ミレニアル世代やZ世代の日米比較では、アメリカの方が起業志向や独立した個人としての価値観がより強いということだった。日本のその世代は一見すると起業志向が弱く、保守的な価値観を持っているようだが、実はそうでもないのではないか。つまり、マスで捉えられる傾向とは違った個々の多様な事象があるものの、傾向としては隠れてしまうということがあるのではないか。特に2000年代以降の価値観は、世代としての傾向から見えにくいところがあるように感じており、そういったトレンドからは溢れ落ちるが大事なことについてお考えがあるか。
(日戸)指摘された要素はあるだろう。これまでは世代ごとに画一的な状況があったが、最近の若い層では様相が異なる。日米を比較すると、日本の若者の方が環境問題や社会課題への関心が低い傾向が出やすいが、前職で採用を担当した際には、ソーシャルビジネスへ関心があったり、ゆとり教育の裏で様々なボランティアを経験していたりと、若者の中でも二極化や多様化が進んでいるだろう。潜在的なエネルギーが溜まっているが、どこで火が付くかだ。最近のコロナ禍や五輪をめぐる動きなどもあり、大きく変わる時期にきている気がしている。おっしゃるように若い層の多様化が進む可能性は日本でもある。
(坂村)トレンドでは捉えきれない「多様化」がキーワードであるという話があった。そうした価値観が多様化する中で、都市・インフラをどう考えていくかもポイントになる。
(十代田)観光行動は価値観が表出したものであると考えることで、これまでの観光のトレンドについて腑に落ちる点が多々あった。自身の専門から言えば、観光のような余暇時間の中では、今日あげられた4つの価値観の変化のうち特にどれが表出するのかが気になった。つまり家族志向や自分志向、体験志向などが説明されたが、生活時間とは異なる余暇時間の中で特に表出するものは何か、あるいは生活時間と余暇時間は混在するのか。
また、人生100年時代についての本プロジェクトでは、リンダ・グラットンの「ライフシフト」をベースに考えている。我々は主に日本人の人生100年時代を考えているわけだが、西洋の人々の価値観と異なる点や注意すべき点があるか。
(日戸)1点目について、余暇時間の過ごし方の調査があり、日常性の延長線上での充実を求める傾向が最近顕著だ。都市的な環境の中での充実(カラオケ、コンサートなど)が好まれる一方、ドライブやゴルフなどお金も時間もかかる活動は人気がない。日常性と非日常性をどう捉えるかは自身も関心があり、地方の中核都市でも都市的な環境の中で気軽に楽しむ機会を求めるというのが一つの動きだろう。もう一つは、ゲームやスマホを使う時間が多く、いかに非日常性を演出するか、あるいは自然との接点の持たせ方という論点も出てきそうだ。
2点目について、「ライフシフト」を読んでまず感じたのは、欧米でも高齢化に対する意識が日本のようにあり、意外と共通項があるのではないかということだ。これだけ世界でベストセラーにもなっているということは、共通する価値観があるのではないか。また、最近ではUberやAirbnb、スマホなどIT系のサービスが世界同時に発売され、一気に広がることに日本も巻き込まれている印象がある。
一方、日本の特殊性としては人間関係と家族に独特なところがあるかもしれない。近居・隣居が多いというのは台湾、中国、韓国でも同様であり、アジア的な家族構造と住居形態によるものだと思われる。便利な都市圏で近居・隣居が成立するのはアジア特有の傾向であるという気がする。
(坂村)本日は1万人のアンケートによる価値観の実態の変遷が中心だったが、価値観が変わる要因についての研究やお考えがあるか。人生100年時代は、直接的な変化は長寿化だが、それが価値観を変えたり新たな世代を生んだりする可能性があるか。更に、価値観を変えていくようなアプローチができるのか。地球環境問題が深刻になる中、社会の推移に任せるのではなく積極的に価値観を生み出して世界を変えていくことも可能だろうか。
(日戸)これは検証したわけではないが、10年単位で価値観の変化を考えると、0のつく年の前後で変動し、5のつく年の前後で一旦収束するような流れがあるように感じている。直近では、2007〜8年のリーマンショックや2011年の震災など0のつく年の前後で、社会的・経済的に大きな事象を機に変化が生じ、5のつく年のあたりで収束し次の変化に向かう。そのように考えると現在のコロナ禍によるインパクトはどうなるだろうか。
また、価値観に影響を与えるものとして自然災害や経済などでの大きな事象もあるが、人口動態も大きいだろう。どれほどの人口や世帯、集積度か、それらの増減などだ。日本ではまだ世帯は増加傾向にあるが、これは独り暮らしの増加によるものなので、すなわち結婚しない人々が増える。これまでの議論は結婚を前提とするものが多く、未婚率が上昇することを前提とした社会のあり方を考えていく必要がある。このように人口動態の影響はあり、長寿化もまだ進みそうなので、ベースとして考えていく必要がある。
(坂村)私の印象では、その10年という変化のスパンも短くなってくるような印象があるが、そうした変化も出てきているように思う。
(日戸)加えて、最近MOTで社会人学生と話す中では、SDGsのインパクトはものすごく大きく感じる。コロナ前のダボス会議で、ステークホルダー資本主義と言われ始め、企業もビジョンやミッションを変えることを迫られている。地球環境問題に対する欧米と日本の意識にはまだ差があり、欧米の本気度を日本はまだ捕まえきれていない。ポジティブに変えていくチャンスだと感じている。
(真野)都市・インフラに関連して、一極集中か地方分散かという話があった。これも大きな流れとしては大都市集中の傾向に変わりないが、逆向きの流れも多様になっており、スケールは小さくとも地方に取っては大きなインパクトになっていると考えている。大都市に住みながらも地方に関わったり、滞在したりするという新しい動きに着目しているが、そういった方向に関連する価値観についての話題があるか。
また、そうした動きをどのようなスケールのモビリティが支えるかについても関心がある。公共交通かマイカーか高速なマストランジットというところに、リニアのような背骨やシェアできるモビリティなどが加わり、構造も変わってくるのではないか。
(日戸)専門外であり推測も含むが、日本は便利すぎるということがあるため、どうしても便利な地域に人が集まってくる。リニアのような背骨を作ってしまうことや、あるいはテレコミュニケーションの活用などで全体が変わることで、考え方も変わってくる可能性はある。働くという点では、効率性が重視され家族を犠牲にした単身赴任のような形がデフォルトになっていたが、ここで変わることで地方の豊かさに目を向けられれば、状況は変化していくだろう。とはいえ、やはりリニアくらい速いものができてしまうのが手っ取り早いのかもしれない。
(坂村)世代別での比較があったが、地域別の価値観の違いもあるか。
(日戸)一般的には、日本では地域差は少ないようだ。諸説あるが、民族や気候風土がそれほど違うわけではないことや、情報環境として地上波で同じ情報が全国に同時に伝わることもあり、今までは差があまり見られなかった。しかし、多様化が進み地方に目を向けている人が増えてきているのも事実で、注目したい点だ。
(十代田)人生100年時代を考える本プロジェクトで、移動や住まいなど様々な視点で議論している。私たちは学びという視点のチームだが、学びや学習についての価値観は変わってきたのだろうか、あるいは変わっていないか。
(日戸)これまでは会社に入ってずっと同じ場所で同じ知識を吸収し、会社固有のノウハウを身に付けて人生を終えるということだったが、それでは立ち行かなくなることに多くの人が気づき始めたと言えよう。ただ、これはまさに世代差があり、このまま逃げ切ってしまおうという人もいれば、MOTの学生は平均すると40代前半だが、その世代が一番危機感を持っている。管理職でこれから20年働かなくてはならないところで、ここでリモデルしようと思って学んでいる。このあたりを会社や働き方改革などで環境整備し、その先のキャリアを考えるようにうまく水を向けられれば変わっていくのではないだろうか。
(十代田)そうしたニーズはあるということか。
(日戸)あるだろう。コロナ禍を経験し、全て対面でなくても良いという割り切りができたことは意外と大きい。ITを活用しながら、学ぶ場をうまく提供できると良いだろう。
(坂村)価値観が変わった結果として学びが変わる、ということもあるが、先程のSDGsのように学びによって価値観の多様化が促進されたり深まったりする可能性があると感じた。
(注釈)※主に調査データの出典を記した。
生命保険文化センター「生活者の価値観に関する調査」(2002)
NRI「生活者アンケート調査」(1985)、「生活者1万人アンケート調査」(2012, 2015, 2018)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(1997, 2006, 2018)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(1997, 2000, 2003, 2006, 2009, 2012, 2015, 2018)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(1997, 2000, 2009, 2018)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(1997, 2000, 2003, 2006, 2009, 2012, 2015)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(2015, 2018)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(2012, 2015, 2018)
NRI「生活者インターネット調査」(2017)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(2000, 2003, 2006, 2009, 2012, 2015)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(2012, 2015, 2018)
NRI「Withコロナ期における生活実態国際比較調査」(2020)
デロイト「ミレニアル世代の意識調査」(2018)
デロイト「ミレニアル世代の意識調査」(2019)
NHK放送文化研究所「日本人の意識」調査
NRI「生活者1万人アンケート調査」(1997, 2000, 2015)
NRI「日本・米国・中国インターネット価値観調査」(2014)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(1997, 2000, 2003, 2006, 2009, 2012, 2015, 2018)
NRI「生活者1万人アンケート調査」(2000, 2003, 2006, 2009, 2012, 2015, 2018)
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